愛について

自己の変容。愛と喜び。

◆質問より 「寄り添えない相手に対してできることはありますか」

ご質問におこたえいたします。

 

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主人と離婚を考えています。

 

理由は 主人の裏の性格を知ってしまったから どんなに優しいことを言われても 安らげません。 どうしても寄り添うことができないんです。

 

それでもやれることはありますか?

 

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まず、寄り添えない相手に対して、寄り添おうとすることは難しいと思いますから、無理に寄り添うことはしなくても大丈夫です。

 

 

それでもやれること、について説明致しますね。

 

 

主人の裏の性格を知った、とのことですよね。

 

 

つまり、これは、ご主人に限らず、人間とは、表の顔があって、そして裏の顔を持ちうる存在である、ということを教えてくれている、ということでもあります。

 

 

私たち人間は、いつもいつも自分を100%さらけ出して生きているわけではありませんよね。それは、たとえ結婚相手でも、どんなに仲の良いパートーナーでも、相手に言えないこと、言わないこと、秘密、もしくは、伝えきれていないこと、という、なにかしら相手に見せていない部分があると思うんです。

 

 

その時に、もし、相手の裏の性格を見てしまったのならば、その裏の性格を、私は、好きだ・きらいだ、寄り添える・寄り添えない、というように判断するだけではなくて、「なぜ、その相手は、その裏の性格を持つようになったのか」ということを考えることが、あなたのできることです。

 

 

それが、たとえあなたにとって安らげないことだとしても、もしかしたらあなたが嫌悪するようなことだとしても、なぜ、その男性が、その嫌悪するような裏の性格を持ってしまったのか。

 

 

 

人というのは、基本的に、相手に嫌悪されたいとか、相手に安らいでもらいたくない、と思ってしている行動、というのはありません。結果的に、相手に嫌われたり、相手に安らげないと思われたりするかもしれませんが、当の本人は、それを目的としてそうしているわけではないんですね。

 

 

 

なぜならば、人は、誰もが、本当は、愛されたいと願って生きているものだからです。

 

 

 

 

ご主人は、結果的に、あなたにとって安らげない裏の性格を持ってしまっているのですが、決して、あなたを安らげなくしようとは思っていないと思います。

 

 

では、なぜ、その裏の性格を持ってしまったのでしょう。

 

 

 

これは例ですが、女性のいるクラブのことをあげてみます。(女性のいるクラブ自体の価値を判断するわけではありません)

 

 

 

一般的に、妻という立場にいるとき、夫が女性のいるクラブに行くことを好ましく思わない女性が多いように思います。

 

 

 

「夫が自分に言わずに隠れてクラブに行く」という行動そのものだけに着目したら、妻の側から見れば、「夫は私を裏切った」「女遊びをしてだらしない」「男として情けない」と思われるのが普通のことかもしれません。

 

 

 

その時に、「なぜ、そうしたのか」ということを考えてみるんです。

 

 

 

そうしますとね、例えばですが、もしかしたら会社の上司にものすごい文句を言われてむしゃくしゃしていたかもしれない、仕事のお客に罵倒されて、どうしようもない寂しさに襲われて、風俗に行くような気持ちになったのかもしれない、もしかしたら、昔の同級生に年収などを自慢されて非常に腹がたっての行動かもしれない。

 

 

 

「クラブに行く」という行動だけを見ますと、非常に腹ただしいかもしれませんが、その裏にある思いまで考えてみますと、全く同じ行動でも、違ってご主人の姿が見えてきませんでしょうか。

 

 

 

ですから、今のあなたにできることは、ご主人に寄り添うことはしなくていいので、なぜ、ご主人が裏の性格を持つようになったか、という理由を考えてみることです。

 

 

 

それが、ご主人のことだけではなく、男性、という存在を理解することにもつながります。ご主人が、裏の性格と表の性格を持たれている、ということは、それは、別の男性もそのようにしうる存在だ、ということを教えてくれているんです。そして、それは女性も同じですよね。女性だって、表の性格、裏の性格を持ちうる存在です。きっと、質問してくださった方も、それほど大きくはなくても、表の性格、裏の性格があるのではないでしょうか。

 

 

 

ぜひ、ご主人が裏の性格を持つようになった原因、理由を考えてみてくださいね。それが今のあなたにできることです。ご質問ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆質問より 「お金と愛について」

ご質問におこたえいたします。

 

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お早うございます。

 

今回は、お金に関して質問です。 お金に関しても「お試し」が訪れると聞きましたが、どんな対応をしたら良いのでしょう?

 

私の今の現状は、転職するということで収入はかなり増えることになりました。 しかし、実は、家のお金を(しかも多額)使ってしまって、お金における家族の信用をなくしてしまい(当たり前ですが) 私の給料を全部ダンナが没収することになってしまいました。(通帳もカードもです) 子供の教育費が落ち着くまで今の現状のままダンナに渡すのが良いのか、自立するためにも自分で管理した方が良いのか?

 

他人は「自分で管理が当たり前」と言いますが、私はどうしたものかと考えがまとまらないのです。 ダンナと向き合って円満に離婚を考えていたのですが…。 お金も、普段はそんな風に使うことがなかったのにナゼ使ってしまったのか…?本当に不思議です。 これも天の采配なのだと今は思えますけどね。 hanabi さんはどう思われますか?

 

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お金に関するご質問をいくつかいただきましたので、今日は、お金と愛の関係性について説明致しますね。

 

 

まず、お金、というのは、自分を知るバロメーターになります。お金、というのは、例えば魂とか、テレパシーとは違って、非常に目に見えて分かりやすいですよね。

 

 

例えば、仕事をすれば増える。物を買えば減る。貯蓄すれば増える。何かに使えば減る、というように、この地球上での行動が、そのまま形に現れ、自分のしていることが目に見えやすいのがお金です。

 

 

メッセージに書いていただきました、こちらですが

 

 

「お金も、普段はそんな風に使うことがなかったのにナゼ使ってしまったのか…?本当に不思議です」

 

 

これは、不思議なことではなく、ちゃんと、明確な理由があるんです。それが、お金、です。

 

 

魂やテレパシーのような、目には見えない世界のことは不思議、と言えますが、お金ほど、この地球上で明確に目に見えるものはありません。

 

 

ですからね、「なぜ、そんな風に使うことがなかったのになぜ使ってしまったのか」には、ちゃんと明確な理由が存在しているんです。

 

 

そんな風に使わざるを得ない状況にいた、ということです。

 

 

 

それを、不思議だ、と考えずに、そこを、徹底的に、ご自分考えてみてください。必ず、明確な理由が存在しています。

 

 

 

お金、というのは、その人の行動のくせ、考え方のパターン、生活様式が端的に現れるものです。

 

 

 

ですから、まずは、

 

 

「実は、家のお金を(しかも多額)使ってしまって」

 

 

 

とありますが、なぜ、家族の信用をなくすほどお金を使ってしまったのか、考えてみてください。そこが分からないまま、次のステップを踏もうとしても、同じことを繰り返してしまう可能性が高いです。

 

 

 

お金、というのは、単に稼ぐ、貯める、使う、ということをするための道具のようなものではなく、実は、その人の生き方を見せてくれているんです。

 

 

 

例えば、自分でも思っていないぐらい使ってしまうのは、自分の欠けている部分を埋めようとしているから、のことが多いです。自分の心の欠けている部分や満たされていない部分を、モノを購入したり、お金で買ったものの価値で埋めようとすることがあるからです。

 

 

 

例えば、占いに多額のお金をつぎ込んでしまいました、というメッセージをよく頂きます。これは、お金をたくさん使った、ということを通して、「私は、今、満たされていない」「自分の考えで行動するよりも、人の意見に頼っている」などの自分の思考パターンを、お金、が見せてくれているんです(占いに多額のお金を使うことそのものが悪い、ということではありません)

 

 

つまり、お金、というのは、今現在の自分のエネルギーのあり方を見せてくれている、大切な存在なんです。

 

 

自分が手にしたいと思うぐらいのお金を得られない、収入が増えない、という時には、「自分が仕事によって価値を提供できていない」ということですよね。それを、仕事の給料が安いとか、仕事の内容が悪い、ということではなくて、「なぜ、私は、人に価値を提供してお金をたくさん得られない生き方をしているのだろう」と考えてみるんです。

 

 

お金を得る、というのは、自分の何かしらの価値を提供する、ということですから、思ったように収入を得られていないというのは、仕事そのものに原因があるのではなく、その仕事を選んでいる自分、思うように価値を提供できていない自分、のほうに原因があります。

 

 

自分がいやいやするような仕事だったり、自分には合わない仕事をしている場合は、相手が求めるような価値を提供できていない、ということになりますから、収入も増えない、ということが起きてきます。

 

 

 

最近は、自分を愛すれば愛するほど、収入が増えたり、好きな仕事につくことができて豊かになれる、ということが言われるようになりました(「お金・エネルギー」などでネットで検索してみてください。たくさん出てきますよ!)

 

 

なぜ、愛とお金が関係あるのか。

 

 

それは、自分で自分のありのままを愛せるようになりますとね、自分の本当にしたい仕事、我慢しないでできる仕事、自分に適した仕事などがわかってくるんですね。

 

 

そして、人は、自分のしたい、自分に合っている仕事をしますと、それが相手にもちゃんと伝わりますから、いやいや仕事をしている時よりも、良い仕事ができて、それが収入にも結びついていくんです。

 

 

でも、自分が我慢したり、抑圧しながら仕事をしていますと、言葉にしなくても、それが相手にも伝わりますから、職場の雰囲気が悪くなったり、自分の仕事もよい成果が出せなかったりして、収入にも結びつかない、ということが起きてしまいます。

 

 

 

また、使い方にも愛が関係します。

 

 

 

ありのままの自分を愛せているとき、というのは、自分が本当に欲しいもの自分にとって必要なものが理解できていますので、無駄にお金を使ってしまう、ということがなくなるんです。

 

 

みなさんは、気分が悪い時や気が滅入っている時などに、大金を使ってしまったり、たくさんものを買ってしまう、という経験がありませんか?自分が気分がいつも穏やかで心地よいと、そのようなこともなくなりますから、自然と、お金が貯まっている、ということも起きてきます。

 

 

 

これが、お金は愛、ということなんです。

 

 

 

お金は自分自身を見せてくれる大切な存在です。どうぞ、ご自分のお金の使い方、収入、貯金、などをじっくり調べてみて、ご自分の思考パターン、生活パターン、心のパターンを考えてみてください。

 

 

 

「(通帳もカードもです) 子供の教育費が落ち着くまで今の現状のままダンナに渡すのが良いのか、自立するためにも自分で管理した方が良いのか?他人は「自分で管理が当たり前」と言いますが、私はどうしたものかと考えがまとまらないのです」

 

 

 

まずは、なぜ、自分で管理させてもらえないほど使ってしまったのかを考えてみること。そして、それを理解した上で、自分がどうしたいのか、旦那様と本音で徹底的に話し合われてみることです。自分で管理するにしろ、旦那様に管理してもらうにしろ、まずは、ご自分のお金に対する考え方をご自分で理解することが最も大切です。それを理解した上で、より、自分が成長できる方を選べば、どちらの方法を選んだにしても、お金によってご自分が成長することができます。

 

 

 

ご質問ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆質問より 「彼と再会できるのかどうか」

彼と再会できるのかどうかについてご質問をいただきました。

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相手に対する想いが薄くなると、再会するという願いの達成も叶わないのではないかと…少しだけ思いました。 大丈夫でしょうか?

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思いが薄くなる、というのは、おそらく、過去のように彼に執着しなくなった、彼を手放せた状態になったので、彼に対して想いが前ほど大きくない(薄くなっている)ということかと思いますが、この時に、考えると良いことを書きます。




まず、ご自分と向き合ったり、身近にいる人の愛に気づいたり、ご自分が成長して彼に対しての見方が変わりますと、彼に対する愛の感じ方、彼に対する想いも変わることが多いです。これは、普通に起きてきます。




想いが薄くなった、かつてほど情熱的な愛を感じなくなったと思ったら、考えていただきたいんです。本当の本当に、彼に再会したくてたまらないほど会いたいものでしょうか?また、なぜ、彼に会いたいと思われますか?




なぜ、このように書くかと言いますと、「運命の相手はいつか再会する」と強く思われることによって、実は、彼に対して想いが小さくなっていたり薄くなっていたりするのに、逆に「再会しなければ」「会いたいと強く思わなければ」というような想いが起きている方も少なくないからです。




本当は、深く愛してやまないからこそ相手が運命の相手だと思ったのに、今は、逆に、相手が運命の相手と思うことで、相手に対する気持ちが小さくなったり薄くなったりしているのに、「強く愛さなければ」「会いたいと願わなければ」と思ってしまう、ということです。




想いが薄くなっている、ということであれば、それほど再会しなくても本当は大丈夫と思われているのではないでしょうか?なぜ、想いが薄くなっているのに再会したいと思われるのでしょう? そこにまずは向き合ってみてください。





「再会するという願いの達成も叶わないのではないか」

 


これにつきましては、再会、というのは、自分の想いが強ければ再会できて自分の想いが薄ければ再会できない、ということではありませんよね。人と人とが再会するとき、それは、「自分が相手と会いたいと思ったとき」「相手も自分と会いたいと思ったとき」そのタイミングが一致した時に、再会、ということが起きてきます。




自分の気持ちが強ければ再会できる、のではなくて、相手に会えるかどうかは、宇宙の采配、なんです。私たちがコントロールできることではないんですね。私たちは、相手の気持ちを変えたり、相手の気持ちをコントロールはできないからです。(例えば、芸能人の方にどんなに会いたいと思っても会えない場合がありますし、あまり会いたいと思わない方でも、しょっちゅう会う方もいますよね)

 


 
ご自分の成長や学びとは、「相手との再会があってから最高に幸せになれる」のではなくって、「彼に会っていてもいなくても、最高に幸せに生きていられる状態になる」ことが目指すところです。

 



これは、会いたいと願うことがいけない、ダメだ、ということではありません。成長が進みますと、彼に会えていても会えていなくても、変わらず私はいつも幸せでいられる、という状態になる、ということです。

 

 

ご質問に戻りますが、相手との再会は自分ではコントロールできません。ご質問を読む限りですと、想いが薄いのに会いたいと思われる、ということですから、彼と会ってどうしたいのか、なぜ想いが薄いのに会いたいのか、会ってどうしたいのか、そこをじっくりと考えられるとよろしいかと思います。(通常、想いが薄いとあまり会いたいと思わず、想いが強い時に会いたいと思うものだからです)

 

 

 

どうしても彼と会いたい、という場合は、それは宇宙の采配ですから、宇宙にすべてお任せする、委ねる、というお気持ちが大切です。ご質問ありがとうございました。

 

 

 

 

◆質問より 「どうすれば彼から愛されて当然と思えるようになりますか」

ご質問におこたえいたします。

 

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質問があります 私はどうしても、彼から無条件で愛されると思えないのです どうやったら「私は彼から愛されて当然」と思えるようになりますか

 

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このような時に考えることは2つあります。

 

 

 

まず、私は彼から愛されて当然、と思えないのに、なぜ、そう思いたいのか、ということを考えてみる、ということです。

 

 

 

もし、思えないのであれば、彼から愛されて当然、と思わなくても大丈夫なんです。今はそれが自然なのですから。抵抗しようとしたり、変えたりしようとするから、辛くなったり苦しくなったりします。まずは、私は彼から愛されて当然と思えないな、とご自身の気持ちに気づいてあげて、今はそれで大丈夫だよ、といってあげてください。

 

 

 

そして、なぜ、彼から愛されて当然と思えないのにそう思いたいのか、そこを見つめてみてください。それが、ご自分と向き合う、ということです。それは、彼に愛されることを実感することで何かを得たいからでしょうか。 彼に満たしてもらいたいからでしょうか。そこに潜むご自分の気持ちと対峙するということが、ご自分と向き合うということです。

 

 

 

2つ目です。彼から愛されて当然と思えないのは、ご自分でご自分のことを愛してない時に起きます。ご自身を否定したり嫌っていたり受け入れていないところがあるからです。そこを、嘘偽りなく見つめてみてください。ご自分で否定している時に、彼から愛されて当然、とは思えないのです。

 

 

 

まずは、私は当然のようにこの私自身から愛されている、と思えるようになるまで、ご自分を愛し続けてくださいね。ご質問ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛とは「激情」ではなく「穏やかさ」の中にある1

そもそも、愛、とはどのようなものでしょうか。

 

 

愛とは、一時的に高揚する感情、相手を欲する気持ち、自分の希望を満たしてもらうこと、というように思われているところがあると感じられます。そして、それが、一般的に、愛と受けとめられていますよね。

 

 

 

しかし、一時的に高揚する感情だとすれば、それは、ある期間が過ぎれば、変化するものです。例えば、結婚式で愛を誓い、新婚旅行に行ってお互いを知れば知るほど違いが浮き彫りになり、成田空港で離婚する、というようなハネムーン離婚という言葉もあります。また、永遠の愛を誓ったにも関わらず、数年後に離婚したり、数年後に相手に対する気持ちが冷める、というのは、よく聞く話です。

 

 

 

おそらく、読んでくださっている皆さんが、もし、ご主人やパートナーとうまくいってないとします。でも、出会った当初や結婚を決めた時には、今とは違って、ドキドキしたり、相手をとても愛おしく思う気持ちもあったのではないでしょうか。

 

 

 

愛とは不変であり、永遠であるとしたら、その時に誓った愛は、本当に愛だったと呼べるものでしたでしょうか。

 

 

 

それらは、愛ではなく、愛のように見える執着、依存、自分の欠けたところを満たすために欲した相手、だったのかもしれません。

 

 

愛とは不変であり永遠であるとすれば、その、一時的に高揚する感情は、もしかしたら愛とは呼べないものなのかもしれません。もちろん、愛の一部とはなりえますが、それこそが愛、と思ってしまうところに、別れや離婚、お互いに理解しあえない、分かり合えない、ということが起きてしまうように感じられます。

 

 

 

つまり、そもそも、愛についての認識が、みな、バラバラなので、そこで傷つけたり傷ついたり、嫌なことをされたり、ということが起きてしまいます。

 

 

 

 

このブログでは、その、愛、というものがなんなのか、迫っていきたいと思います。

 

 

 

 

嫉妬した時に考えること

嫉妬で苦しんだ時にどのようにご自分と向き合えば良いのか。それについて説明します。

 

 

嫉妬とは、辞書で調べてみますとこちらのように書かれていました。

 

 

・他人が自分より恵まれていたり、すぐれていることに対して、うらやみねたむこと。

・自分の愛する者の愛情が他に向くのを恨み憎むこと。
 
 

まず、このように、他の人が羨ましく思ったり、自分が愛する相手がほかの人に愛が向いていることに対して、恨むような気持ちが湧いてきた時。

 

 

 

まずは、「嫉妬はいけない」「恨んだり憎んではダメだ」と思わないでください。

これは、いつもいつも心に留めておいてください。

 

 

 

感じてはいけない感情など、ひとつもないのです。

 

 

 

ポジティブな感情だけが好ましくて、ネガティブな感情はダメな存在、ではないんです。

 

 

 

あなたにとって、前向きでも後ろ向きでも、その感情そのものは、否定できないみなさんの想いなのですから、まずは、起きてくるままに、そのままにちゃんと感じてあげてください。

 

 

 

多くの方が、ここで、その感情をないことにしてしまおうとします。感じることが辛くて、蓋をしたり我慢したり、「私は無償の愛で愛しているから嫉妬なんてしない」、と考えてしまいがちです。

 

 

 

 

そこで、ご自分の感情をまずは偽らないでください。憎む、恨む、嫉妬する。それらを、感じきってみるのです。

 

 

 

その時に、とっても嫌な、苦しくてもやもやするような感じが湧いてくると思います。それらを感じている自分を、丁寧に感じてあげるんです。ここで、ぜひ、そのモヤモヤ、嫌な感情を、ノートに書いてみてください。そうやって、文字にして視覚化してみますとね、心のネガティブなエネルギーを外に出すことになりますから、そこで、少しすっきりしたり、客観的になれたりします。

 

 

 

 

そして、その感情を感じましたら、「自分と向き合う」という作業をします。ここで大切なのが、

 

 

 

「なぜ、私は嫉妬するのか」という、その理由を明らかにすることなんです。

 

 

 

 

嫉妬とは、先ほど説明しましたように、相手の愛が自分には向いていないから辛い、ということですよね。

 

 

 

 

嫉妬を感じている方は、「自分の愛する相手が、他の異性を愛したら、誰もが嫉妬する」と考えていると思います。

 

 

 

 

しかし、そうではありません。相手の愛が、自分の方に向かずに、ほかの異性に向いていたとしても、嫉妬を感じない人もいるんですね。

 

 

そういう人がいるということは、嫉妬という感情は、「自分の愛する相手が他の異性を愛した」ということとセットで必ず起きる、というわけではないんです。

 

 

ということは、つまり、嫉妬を感じる人と、嫉妬を感じない人がいるということは、たとえ、「自分の愛する相手が他の異性を愛した」という現実が起きたとしても、嫉妬を感じない自分になれる、ということなんです。

 

 

では、まったく同じ状況でも、なぜ、嫉妬する人と嫉妬しない人がいるのか、です。

 

 

その違いは、「相手がほかの異性を愛した」時に、それを、どう受け止めるか、それによって、違いが起きるのです。

 

 

そこで嫉妬を感じる人は、「相手がほかの異性を愛した」時に、「自分は否定された」「自分は相手の異性よりも劣っている」「相手が自分よりも別の女性を愛したということは、私には価値がないのだ」と、そのような感情が湧いてくるからこそ、辛くなり、相手を恨んだり、憎く思ったりします。

 

 

 

しかし、同じ「相手がほかの異性を愛した」時に、「相手は別の女性を選んだだけで私が否定されたわけではない」「私が愛されないことは別の異性よりも劣っているということではない」「相手が誰を選ぼうが私には価値がある」と思えたら、辛くならないのです。

 

 

 

つまり、嫉妬を感じる、ということは、「相手が他の人を愛した」という行動そのものに苦しみがあるわけではなく、あくまで、その行動をきっかけにして、「私には価値がない」「私は劣っている」「私はダメな存在だ」と自分で思うことの方に、辛さがある、ということなんです。

 

 

 

嫉妬を感じる、ということは、そもそも、彼がほかの異性を選ぶ、ということが起きる前から、自分が、「自分には価値がない」と思っている、ということなんです。

 

 

 

ですから、嫉妬の感情が起きて、辛い気持ちになったら、考えていただきたいんです。

 

 

相手や、その相手が選んだ異性のことではなく。あなた自身が、「なぜ、私は私を劣っていると思っているのだろう」「なぜ、私は私を自分で否定しているのだろう」「なぜ、私は自分には価値がないと思っているんだろう」と考えてみるんです。

 

 

そこには、その原因が存在しています。例えば、昔、恋人にこっぴどくふられたことがある、とか、昔両親に否定されたことがある、とか、お母さんに劣っていると思わされたことがある、等です。その、ご自分のもともと心の内側にある傷を、探ってみるんですね。

 

 

それに気づくために、嫉妬、という現実が、今の自分に起きています。

 

 

そう考えますとね、「嫉妬」というのは、素晴らしいギフトなんです。

 

 

嫉妬とは、「あなたは、自分で自分を否定しているところがあるよ」「あなたは、自分で自分を責めてしまっているよ」ということに気づかせるための、宇宙からのメッセージです。

 

 

そもそも、その出来事が起きる前から、自分で自分を否定しているのはなぜなのか、よく考えてみてください。

 

 

 

コメント欄にご質問がありました愛に関する著書について。

 

 

ドイツの社会心理学精神分析、哲学の研究者であるエーリッヒ・フロムの「愛するということ」は世界的ベストセラーです。「愛する」ことについて、とても細かな説明が書かれていますからぜひお読みくださいね。

枠の外の贈り物

愛を判断することについて。

 

 

自分の思考の中だけでは見えていないものがあります。それが、思考の枠の外にあるもの、思考の枠の外にある相手の気持ちです。

 

 

私は愛とは〇〇だと思っている。私は、愛するとは〇〇すべきことと思っている。

 

 

 

 

そのような、ご自分なりの思考で考えていますとね、その、〇〇以外の愛が、愛として受け取れなくなってしまいます。

 

 

 

 

例えば、連絡を頻繁にすることこそが愛だと思っているとします。

 

 

 

 

その思考の場合、沈黙の愛、黙っている愛、言いたいことがあるけれども今は相手のために伝えられない愛、という相手からの愛が、愛に見えなくなってしまいます。

 

 

 

 

 

例えば、一緒にデートしたり、一緒にご飯を食べることが良い関係性だと思っているとします。

 

 

 

 

 

でもね、もし、それだけではなくて、離れているからこそ自分が自分軸となるためにがんばる時間ができていることや、一人になったからこそ自分を振り返ることができている、そういうことが良い関係性と思えていたら?

 

 

 

 

今、離れていることや頻繁に連絡が取れないことは、決して悪い関係性とは判断できません。

 

 

 

 

 

 

皆さんが見えていないだけで、その、枠の外に、相手なりの方法で、その相手だからこその愛がたくさん落ちていたとしたら。

 

 

 

 

 

 

もしかしたら、嫌だと思っていたあの言葉は、皆さんのことを思っての、愛の言葉だったかもしれません。

 

 

 

 

 

皆さんが、相手に気付いていないところで彼や彼女のことを考えたり、心配したり、愛おしく思ったりしているのと全く同じように。相手も、皆さんの気付いていないところで、皆さんのことを考え、心配し、愛おしく感じていることもありうることなんです。

 

 

 

 

 

 

どうぞ、相手の気持ちを決めつけずに、相手からの感情を自分の思考だけで判断せずに、自分の枠の外にある愛の贈り物を受け取れるような、そんな柔らかな考え方、柔らかな心をご自分の中に育ててくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

愛とは無限なのです。〇〇だけが愛、とは決め付けることができないのが、愛です。